状況
最初の専用の屋内のクライミングウォールは、およそ50年前に出現した。初期の構築物は、だいたいレンガか石でできており、雑なしろものだった。しかし、クライマーは、すぐにそれらにトレーニング施設としての価値を認めるようになり、それらの施設は困難さの水準の著しい増進を可能にした。イングランドのリーズ大学の人工壁は、その出場者がイギリスを越えて海外までクライミングの世界を魅了して、有名になった。
そのような施設に対する需要が劇的に増えたが、利用者たちは、同時に施設に対し、「本物の」クライミングとのいっそうの類似性を求めるようになった。より独創的な設計や新しい建築素材が貢献し、現代の人工壁は初期の先行物との共通性がほとんどない。この進化と並んで、他の発展、とりわけ、「スポーツ」クライミングとボルダリングの出現があった。これらの活動は人工壁の開発と利用を促し、人工壁が、今度はクライミングの水準と参加者の数の継続的な増進を促進した。このような過程を経て、屋内の人工壁はトレーニング施設と同様のレクレーション施設になった。
これまで屋内の人工壁の数が増えて利用しやすくなったこと、初心者用の施設の発達、 そして人工壁の経営者の営業的本能が、利用者の数の劇的な増加をもたらした。もはや人工壁は経験のあるクライマーが独占する領域ではない;それらは、今ではクライマーではない人たちや初心者に広く利用されている。経営者たちは、子供たちのバースデーパーティーや契約した集団活動のワークチームに施設を貸し出すことで利益を増やすことができることに気づいた。そのような利用者への装備のレンタルや訓練の提供が、さらに収入を付け加える傾向をもたらしている。人工壁と利用者の増加とともに、事故とその結果としての人身傷害訴訟の数が明らかに増えている。
入手できる統計数値はほとんどなく、請求のほとんどは、報告されることのない下級裁判所に提起される。僅かな件数がひとつか2つの裁判管轄区域内で新聞の見出しに載り、連盟が時々報告を受ける。もし、この記事がイギリス人の経験に偏っているとすれば、それは報告者の個人的な知識に影響する。しかし、その報告は、同時に、他の連盟の代表者たち、特に、法律専門家ワーキンググループの議長をしている間に2つの論文を作成したレニ−・ホプスターによってそのワーキンググループに提供された情報を利用している。それは、そのようなすべての文書と同様に、完結した成果というよりもむしろ進行中の作業と考えるべきである。
請求
法的ケースの量が、請求の提起に頼る原因の範囲の広さを示している。以下の記録された異なるタイプの請求のリストは、完全なものではない。
- 施設の安全性に対する占有者(クライミング・ウォールの経営者)の責任。厳格責任(無過失責任)が適用される。
- イギリスでは、経営者は、また、人工壁の設計・メンテナンスと管理の両方に関わる衛生・安全規定に従うことを求められる。
- ヨーロッパ本土の裁判管轄区のほとんどは、成文化された市民法の体系を持っており、生の請求のリストに載るような事故が、同時に、民法のひとつかそれ以上の規定に違反したという請求をもたらす可能性がある。
- 人工壁の管理における経営者の過失。例えば;-
- 不適切な設計;
- 整備の不履行;
- 利用者への経験と技術を一体とした確立を怠ること
- 指示もしくは十分な指示の提供を怠ること;
- 利用者の適切な監督を怠るか、あるいは、まったく監督しないこと;
- 効果的な管理を怠ること(例えば、利用者の数);補助器具の有効性(マット、ビレイ重量など)
- 経営者の契約違反;環境の安全性、装備の適合性、トレーニングの適切さなどに関する条件が含まれる。
- カフェで売られる飲食物に適用される食品安全規定のもとでの経営者の責任
- 販売もしくはレンタルされた装備の品質や適合性に関する経営者または販売権取得者の責任
- 指示の適切さに関するインストラクターの過失。経営者は、経営者が雇用したインストラクターに対する代位責任(訳注;代わりに責任を負うこと。使用者責任など)を負い、自身のインストラクターを提供・雇用したクラブもしくは協会は代位責任を負う可能性のあることに注意せよ。
- 施設を借りてトレーニングプログラム(クラブのメンバーの個人的な活動とは別個の)を提供しているクラブもしくは協会は、作成したプログラムの交付に関して、過失と契約上の責任を負う可能性がある。
- 無謀に、あるいは、不注意に行動して他の利用者に怪我を負わせた利用者は、他のどんな職業でも同じであるが、怪我をした利用者に対する責任と過失がある。
リスクマネジメント
クライミングウォールの経営者は、事故という出来事で請求を受けるリスクにもっともさらされていることは明らかである。経営者は、どんな出来事についても、現場ですべての活動を管理可能かつ管理すべき個人または団体である。しかし、どんなにうまく管理しても事故は起きる。経営者たちは、保険業者に促されて、リスクを減少させ、事故が経営者の過失、行為、怠慢から起きたものでないことを示すことをめざすやり方で自分たちの施設を管理する方法を開発してきた。経営者たちは、経験から学び、多くのケースにおいて、もっともよい実践によるシステムが発展させた成果について他の経営者たちと経験を共有してきた。
イギリスでは、イギリスクライミングウォール協会が創立されている。イギリスのライミングウォールの経営者のほとんどが会員である。その協会はイギリス登山評議会から支持、支援されている。BMC(イギリス登山評議会)のアドバイスや指導は、政府機関である衛生安全委員会と相談して進展してきた。BMCはクライミングウォールの利用者のための手引を作成し、クライミングウォールの経営者の保険を引き受ける保険会社にアドバイスや論評を提供してきた。経験と利用者が必要とするものを確認して記録するために、また、その使用にふさわしい装備と手引を提供するために、システムが進展してきた。登録用の書式が一般的に経営者によって使用されており、その中で利用者は、経験や技能に関して情報を提示し、関係する医学的状態を明らかにし、BMCの参加ステートメント(それはUIAA《国際山岳連盟》のそれに似ている)を承認する。さまざまなタイプの活動に関する規則を設け、特定の重要な核心部に適切な警告を掲示して補強することで、利用の条件が進展してきた。施設内で活動を監視し、適切な場所で監督することが不可欠である。オランダのNKBV(訳注;Nederlandse Klim- en Bergsport Vereniging) は、システム、訓練、手続を認証するために、クライミングウォールの経営者たちと共同で団体を設立した。
アメリカ合衆国とカナダでは、利用者は決まって権利放棄書(あるいは、免除証書とも呼ばれる)に署名することを求められ、それによって利用者は自分の安全性に対する責任を受け入れ、経営者に対するいかなる請求も放棄する。これらは、事故が経営者の無謀な行動によって起きる場合を除き、責任を回避するうえで有効である。ヨーロッパでは権利放棄書はほとんど効力がないか、まったく効力がないが、インフォームド・コンセントの理論が確立されている。それは、リスクを自発的に受け入れるという基本原理(volenti non fit injuria、訳注;「同意あれば危害なし」、ローマ法の格言)の純化したものであり、経営者はそれによって利用者がリスクを認識し、理解していたことを証明する必要がある。もし、危険な活動への参加者が、経験があると主張して事故に遭うとすれば、経営者の過失に対する請求の主張は、他の場合よりも著しく抑えられやすくなる。それは、例えば、通常、うまくいかなかった訓練もしくは監督を怠ったことを理由とする請求につながる。そのような請求が功を奏した場面でも、利用者と経営者の間で責任を分配するために寄与過失(訳注;損害額の算定のうえで原告にも過失があった点を考慮する考え方)の理論を適用することが相当である。それによって、経営者が支払うべき補償金の金額がバランスよく減少する。これらの考え、あるいは、類似した考えは多数の裁判管轄区に存在するが、それらは普遍的なものではない。これらは日本では適用できない。
刑事問題
もちろん、保険会社に補償を提供する用意がある限り、経営者は民事上の請求のリスクに対し保険をかけることができる。しかし、ひとたび、経営者やその他の人々が刑事訴追に曝される可能性のあることが認識されるならば、リスクマネジメントが重要性を増す。多くの裁判管轄区で、故刹罪(manslaughter、訳注;計画性のない事故殺人。過失によるものを含む)に対する刑事訴追を生じさせた致命的な事故が起きている。結果がもっと深刻でない(被害者にとって)場合は、ヨーロッパの裁判管轄区の刑法やイギリスの衛生安全規則の違反を含む他の罪に対する刑事訴追を生じさせるかもしれない。刑事訴追のリスクは経営者に限ったことではなく、すべての他の職業と同様に、すべての関係者に拡大している。
判決
ベルギー
1)落下して怪我を負った利用者によってクライミングウォールの経営者に対し提起された民事上の請求は、勝訴した。裁判所は、経営者が施設を適切に管理することを怠り、事故の原因の一部である人工壁に過大な数の人々を許容したという不注意があったと判断した。
2)2人の友人が一緒に人工壁に行き、彼らのうち経験の多い方がクライミングをリードした。彼は、他方(セカンド)が自分を降ろすと考えたが、セカンドはリードした人が人工壁の最高点でビレイ(セルフビレイ)をしていると考えて、リードした人のビレイを解除した。リードした人は落下して負傷し、セカンドに対する請求を提起したが、セカンドは、リードした人は自分よりも経験があり、「責任がある」と主張して争った。裁判所は、彼らの落ち度は等しいと判断し、原告(請求者)の側の50%の寄与過失で請求を認容した。
3)2009年にブリュッセルの裁判所は、クライミングウォールの経営者、ボーイスカウト団体、落下して死亡した別のボーイスカウトの適切なビレイを怠った17歳の初心者に対する請求について判断した。ビレイヤーは、訓練中の初心者だったという理由から不注意があったとは判断されず、 熟練したインストラクターとともに適切な会場で活動を企画したボーイスカウト団体も同様だった。クライミングウォールの所有者に対する請求は、適切な安全策がとられていなかったと認定されて、勝訴した。
フランス
1)人工壁での一般公開日を企画したクラブ・協会に対し、負傷した参加者によってもたらされた最後のケースと似た事実に基づく過失の請求は、最初の審問で勝訴したが、その判決は上訴されて破棄された。負傷した原告はクラブ・協会の会員ではなかったが、一般公開日だったために参加しており、上訴審裁判所は、クラブ・協会は非会員に対し注意義務を負わないと判断した。
2)別の類似した、しかし、もっと最近のケースでは、クラブ・協会の会員がクラブの行事の間、クライミングウォールを使用していた。参加者たちは皆、経験があり、教えてもらう必要はないと主張した。しかし、リードした者は人工壁の最高点から降ろしてもらいたいと考えたが、セカンドが適切なビレイと下降のコントロールに失敗した。リードした者は重大な怪我を負い、クラブを提訴したが、クラブは、原告が経験があると主張していたためにミスを犯したのだった。カッサシオンの裁判所への上訴において、なおも注意義務(安全義務)があると述べられ、さらに判断するために上訴裁判所に差し戻された。上訴裁判所は、今や、クラブ・協会がとるべき行動や怠った行動があったかどうかを決定しなければならない。その結果が待たれているが、それは、クラブの活動が将来どのように行われるかという点や保険の有用性とコストに影響を与えるので、関心のある訴訟である。
オランダ
1)このケースでは、原告は、無給のボランティアのイストラクターを雇用していたNKBVが企画した行事に参加していた。彼女は、ロープに適切に結ばれていなかったために、墜落し、負傷した。彼女は、自分に経験があり、指示を受ける必要がなかったと主張していたために、彼女のインストラクターに対する請求は敗訴し、NKBVはインストラクターを雇用していなかったため、NKBVに対する請求も敗訴した。そのコースは、経験のあるクライマーのためのものであり、その女性が経験があったという事実が重要だと判断された。
2)他の経験あるクライマーをビレイしていた経験のあるクライマーが他の人々に気をとられて、ビレイを掴んでいなかったということがあり、2003年にヘールレンの裁判所で刑事責任が判断された。彼の友人は落下して死亡した。ビレイヤーは故刹罪で有罪判決を受け、6か月の服役の宣告を猶予された(訳注;宣告猶予。刑を宣告するが、猶予期間が満了すれば、刑の宣告がなくなる。日本にはこのような制度はない。日本の執行猶予付判決では刑の宣告が消えない)。
3)2008年にアルステルダムの刑事裁判所は、同様の事実でもたらされた故殺罪の責任について判断した。あるクライマーが、彼のガールフレンドが他の人にビレイされて別のルートを登っている間、友人のクライミングをビレイしていた。彼女が下降してロープを身体から外した時、被告人も、リード者がまだ人工壁の高い場所にいるにもかかわらず、ロープを解除した。リード者は落下して死亡した。被告人は、故殺罪(manslaughter)で有罪となったが、服役刑の宣告を受けなかった。判決は上訴され、被告人は一連の無意識的な行動で身体からロープを解除したという妙な理由で有罪とは判断されなかった。
スペイン
1)クライミングパートナーが適切にうまくビレイすることを怠ったために負傷したクライマーが、ビレイヤーに過失があったという理由で、2000年にカステリョンの裁判所に請求を起こした。
2)2005年にオビエドの裁判所がクライミングウォールの経営者に対する請求を判断し、設備が間違って設置されていたという理由から、原告を支持する判断をした。
イギリス
1)ハーディ対ブラックプール市評議会事件(2001年)では、原告が、ボルダリングウォールから落下したために負傷し、クライミングウォールの経営者に対する行動を起こした。彼は、他のいくつかのクライミングウォールを利用したことのある能力・経験を備えたクライマーであり、訓練や監督は必要ないと主張して、登録を終えていた。 裁判所は、「同意あれば危害なし」及びリスクの情報提供された受容の理論が当てはまると判断し、請求を棄却した。
2)デイビイ対ハイパフォーマンス・スポーツ有限会社事件(2003年)では、彼女は経験のあるクライマーだと明言して登録を終えた。しかし、彼女はハーネスにロープを結ばず、単にロープを通していただけであり、人工壁を高く登ってそれに気づき、パニックに陥って指示に応じなかった。監督員が救助を試みたがうまくいかず、原告は落下して、重傷を負った。彼女は、救助の方法が適切ではなかったこと、従業員に過失があったこと、クライミングウォールの経営者に代位責任があることを主張した。裁判所は、従業員は困難な状況と限られた使える時間の中で最善を尽くしたと判断した。裁判所は、また、「同意あれば危害なし」とリスクの情報提供された受容の原理を考慮し、原告はロープに結びつけなかったことに完全に責任があると結論づけた。
3)ポップレトン対ポーツマス青年活動センター事件(2008年)では、原告は初めてボルダリングウォールを利用する初心者だった。彼は他の参加者がホールドに飛びつくのを見て、その真似をして落下し、頭を負傷した。原告は、経営者が適切な訓練、規則、案内、監督を提供しなかったという理由で、過失と法令上の義務違反の申し立てをした。裁判所は、たとえ初心者であってもリスクは自明であると判断し、「同意あれば危害なし」の理論を適用して請求を棄却した。
4)ピンチベック対クラッギーアイランド有限会社事件(2012年)の決定において、裁判所は違った結論を出した。原告は、練習チームにおいて職場の同僚と一緒に人工壁に参加した初心者だった。そのグループは、ボルダリングウォールを利用する前に、トップロープ壁で1時間の訓練を受けた。原告は、ジャンプした時に足を負傷し、経営者にインストラクターの行為もしくは手抜かりに対する代位責任があり、インストラクターはジャンプすることについて適切な説明もしくはアドバイスすることを怠ったと主張して(この主張は争われた)、人工壁の経営者に請求を提起した。裁判所は判断したが、ポップレトン事件の上訴裁判所の決定を無視して、適切な訓練が欠けているために、「同意あれば危害なし」の原理を適用しないという判決をした。ただし、原告に3分の1の寄与過失が認められた。この判決は論議の対象になると考えられる。
5)別の事故では、インストラクターによって練習中の初心者の学生のグループの1人が負傷した。原告が人工壁を最初に登り、ロアーダウンしていた時、おそらく2ないし3人の学生が集団でロープを扱ってビレイ操作を行っていたが、ロアーダウンがコントロ−ルされなかった。危険な練習に対して衛生安全委員会から告発がなされ、成功した。インストラクターはその場にいたが、適切な監督を提供したと判定されなかった。
アメリカ合衆国
1)初心者が資格のあるインストラクターのもとで訓練中であり、トップロープで登った後にロアーダウンした。しかし、ロープはインストラクターによって原告のハーネスのギアループ(訳注;ギアを吊り下げるためのループで強度がない)に取り付けられ、それは適切な取り付け場所ではなかった。請求は、ペツル社(ハーネスの製造者として)、クライミングウォールの経営者、インストラクターになされ、そのハーネスはクライミングウォールでの使用にふさわしいものではなかったこと(そのギアループは不必要な邪魔物だという理由から)やラベルの安全性の指示が十分ではなかったこと;インストラクターは過失があったこと、人工壁の経営者は代位責任があったとさまざまな主張がなされた。請求は結着がつき、審理にまで進まなかった(訳注;アメリカの民事訴訟では、訴え提起後、事前準備手続で和解が成立すれば、裁判の審理が開かれない)。
2)ニューヨーク州で聞いた事件(リンズウエイト対マウント・シナイ連合自由学区)では、学生が人工壁(彼女はそれが危険だったと主張した)から落ちて負傷し、学校は人工壁の利用について適切に監督しなかった過失があると主張した。被告は、過失がなかったこと、学生はその活動について固有のリスクを引き受けていたこと、その活動は義務的なものではなかったことを主張した。裁判所は、学校は学生を適切に監督する義務があり、監督が不適切であり、結果的に学生が負傷すれば責任を負うことが可能であると判断した。同時に、裁判所は、(ニューヨーク州では)学校に対する注意の基準は、商業的な団体の場合よりも高いことを認めた。
3)ミシガン州の事件(ルーカス対ノートン・パインズ・アスレチック・クラブ株式会社)は、クラブが使用していた自動確保システムへのクリップを怠ったために人工壁から落下した熟練クライマーが起こした。そのクラブには、従業員がクライマーを自動確保システムにクリップさせなければならないという規則があった。原告は、常連客で経験があり、従業員に遠くから目視で点検させる手順にさせたのだった。その際、原告は従業員に確認しなかったのだが、それでもクラブに規則を守らせなかった過失があると主張した。クラブは、原告が免責証書(権利放棄書)にサインしたというという理由により、請求棄却に成功し、その決定は上訴でも支持された。もし、原告がクラブの行動が重過失にあたると主張して裁判所が認めれば、免責証書は効力がなかっただろう。
4)ミシガンでの別の事件(マンコスキー対ミエラス)では、原告がリードして登り、被告が適切にビレイすることを怠ったために、落下して、床に衝突した。彼らは2人とも経験のあるクライマーで、人工壁に一緒に行く友人だった。被告は、原告がこの活動で負傷する固有のリスクを認識し、受け入れ、人工壁の経営者から求められて免責証書(権利放棄書)にサインしたと主張した。裁判所は、被告の主張を認め、原告がサインした免責証書は、原告がリスクを受け入れていたことの証明になることを認めた。
結び
関係者の間に、彼らの活動は特別で独特のものであり、通常の生活から区別されると考える傾向がある。法律はそのやり方で動いておらず、人間の活動のすべての分野に等しく適用される。ある人間の過失行為や手抜かりによって他人にもたらされる負傷は、車の運転と同様にクライミングについても咎められる。それは、過失行為や手抜かりの重大さ次第で、民法のみ、あるいは、民法と刑法の両方に結果をもたらす。主要な法律上の原理は、細かい点で多くの違いがあるものの、大多数の裁判管轄区で共通である。それでも、それらの細かい点は個々の事件において非常に重要である。
別の不変のものは変化である:基本的な原理は必ずしもそうではないが、原理が裁判官によって適用されることによって、法律はそれぞれの裁判管轄区内で発展する。似た事実が、異なる裁判管轄区で、異なる結果を引き起こすことがある。法律的な考え方は、文化的な変化の影響を受けるだろう。ヨーロッパの社会は、ますますリスクを嫌うようになっているように見える。EUは、消費者、労働者、そして社会全体の保護に取り憑かれている。フランスでは、事故の被害者にいっそう同情的な扱いの傾向が認められる。情報提供のあるリスクの受け入れの理論は、結果的に影響力が減り、もはや、被告にとって以前ほどは頼りにできない。イングランドとウェールズでは、時にはそれからはみ出ることがあるが、反対の傾向が過去10年以上明らかである。裁判官は、かわいい顔、対麻痺、未亡人もしくは孤児、保険が使えるかどうかによって影響を受けるかもしれない。
人生と同様に、クライミングウォールでの活動に関して確実なものは何もない。余りにもしばしば、関係者がそれと違って考えるように思われる。利用者は、すべて反対のことを示す情報と警告があるにもかかわらず、自分たちが安全な環境にいると考えることがある。多くの事故と関係者の相異なる経験は、そのような考えが、何人かの初心者またはレクレーションとしての利用者と何人かの経験あるクライマーの両方に共通していることを示しているように見える。時々、それは監督者やインストラクターに拡大することがある。多くのUIAAと国内競技連盟が、個人は自分自身の安全性について責任を負うべく福音を説くが、法律が、自らの過失もしくは無謀によって他人に怪我を負わせる者の責任を問うことは正当である。
2012年7月
マーティン・ラッグ